ぷりぷりブログ

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前期破水→陣痛促進剤→緊急帝王切開になった私の初産の記録【前編】

これまで妊娠中の記録をポツポツとブログに書き残していましたが、この度第一子となる息子を出産しました。

今、健やかに寝息を立てる息子の横で、ブログを書いています。

私のお産は、"無事出産"と言って良いか迷うようなものでした。

というのも、病院で内診中に破水が分かり、そのまま家に帰れないまま緊急入院前駆陣痛から陣痛促進剤を経て本陣痛までおよそ24時間耐えてからの緊急帝王切開という、いわゆる「フルコース」だったからです。

今は心の健康も体の健康も少しずつ取り戻している感覚がありますが、手術が決まってからは精神的に参ってしまい泣き通しで、術後も自分のお産を振り返っては涙が止まらなくなる有様でした。

毎回の妊婦健診では、特に大きな問題もなく元気だった息子。

唯一、臍帯巻絡といって、首にへその緒が2回巻き付いていることだけが気がかりではありましたが、それでも通常は経膣で産めると聞いていました。

今回帝王切開になったのはそれだけが原因ではありませんでしたが、そのことも含めて私の出産の記録を残しておきたいと思います。

出産の予感があった

私の出産は、39w3dに始まりました。
その日は、予定日前最後の妊婦健診
なんとなく前日からお腹の張りを感じていた私は、前夜から入院のための荷物をまとめて備えていました。

コロナの影響で診察の付き添いはNGですが、母が「いざ陣痛が来て入院となった時のために病院の中を一度見ておきたい」とたまたま一緒に来ていました。

"虫の知らせ"だったのでしょうか。

11時頃、内診中に破水

母を待合室に残して、一人診察室へ。
エコーを見て「元気ですね」と言われホッとしたのも束の間、なんとなく先生が時間をかけて慎重に診ているような気がしました。

「羊水量が少し少ない感じもありますが…とりあえず内診をしましょう」

時間がかかっていたのは、羊水の量を確認するためだったよう。
少し心配になりながら内診台にあがり、グリグリの痛みに耐え、ようやく終わりと言う時。
先生の手が引き抜かれたのと同時に、生暖かいものが体を伝うのが分かりました。

「破水していますね」

先生によると今破水したと言うよりも"こっそり破水していた可能性がある"とのこと。
羊水の量もそのせいで減っていたのかもしれないとのことでした。

そのまま緊急入院に

「このまま入院になります」

破水したら入院と分かっていたとはいえ、まさかこんなタイミングになると思わず、静かに動転していました。
まさか健診で病院へ来たきり、うちへ帰れないなんて。

「羊水量が少なめだったので入院を勧めるか悩んでいたのですが、こちらが決断する前に答えが出てくれた感じです」

先生に穏やかにそう言われて、急に入院するという現実をなんとか受け止めました。

「ただ、まだ子宮口が閉じている状態です。
自然に陣痛が来てくれたら良いのですが、破水しているのであまりのんびりはできないかもしれません。
今日、この後は陣痛を待ってみて、明日まで陣痛が来ないようなら誘発分娩、それも難しければ帝王切開まで考えなければいけないと思います。」

…この時点である程度運命は決まっていたのかもしれない、と今は思います。
でもこの時はまだ自分が自然分娩するものだと思い込んでいました。
急な破水だったためか、看護師さんに「おむつでごめんね」と言われながら大人用の巨大なオムツを手渡され、トイレで装着。
車椅子に乗せられ、そのまま母子センターへ案内されて入院となりました。
母が待合室で待っていてくれたので、状況を伝えることができ、母子センターの前で手を振って別れました。
この先は退院まで一人だったのですが、最後に母の顔が見られてよかったと思いました。
もしも一人で病院へ来ていたらどんなに心細かったことかと思います。

12時、分娩室へ通される

コロナ対策として、隔離のためにいきなり分娩室へ案内されました
分娩台の上に上がり、助産師さんがコロナの検査をしたり、破水の経過を見たり、お腹にモニターをつけて赤ちゃんの様子を確認したりしてくれました。
助産師さんが二人、破水の色を見て「赤ちゃんが胎内でうんちをしているかもしれない」と話し合っていたので、胎内でうんちをしていると何かあるのかと質問しました。

「胎内でうんちしている場合、それを誤って飲み込んでしまって赤ちゃんの呼吸が苦しくなってしまう場合があるんです」

「でも、モニターで見る限り赤ちゃんは元気ですね」

"赤ちゃんは元気"とここから先、何度も言われました。
この時は実際に元気だったのでしょう。
お腹の張りがもう3〜5分間隔で来ていて、その様子を見ていた助産師さんも「これだけ見たらもうすぐ生まれる人のような状態」と驚いていました。
でも、現実にはまだ子宮口1cm
お腹は張るし痛みも感じているけれど、余裕をもって会話もできるし、まだまだ生まれそうにない。
赤ちゃんのすこぶる元気な胎動に励まされながら、少しずつ強くなる痛みに期待をしていました。

13時、分娩台の上で昼食

ちょうどお昼時の入院で、病院食の準備が間に合わなかったため、母にコンビニで昼食を買ってきてもらいました。
分娩室でぽつんと一人、昼食。
コロナの検査結果が出るまで外へ出られないとのことで、母らしいチョイスのメニューになんとなく嬉しくなりながら、のんびりと食事を済ませました。

14時頃、本陣痛開始の判断

モニターをつけ、お腹の張りを再度確認。
元々痩せ型だからかお腹の脂肪の層が薄いらしく、助産師さんたちに「子宮の形がよく分かる!」「いい張りですね!」「赤ちゃんがどこにいるか一目で分かる!」と口々に褒められて(?)いました。
赤ちゃんはとにかくよく動いて元気いっぱい。 コロナの検査が終わったら大部屋に移る予定だったのですが、3〜5分間隔でお腹が張っていること、強くはないが痛みもあることから本陣痛開始と判断され、そのまま分娩室で過ごすことになりました。

エコーで羊水の量を再度確認すると、やはり破水で結構少なくなってしまっているとのこと。
羊水の量が少ないとどんなことが良くないのか、と質問すると

「羊水の量が少ないとへその緒が圧迫されやすくなって赤ちゃんが苦しくなってしまう可能性があります。」

と教えてもらいました。
首にへその緒が巻き付いていることも分かっていたので、羊水の量はできれば減らしたくない状況でした。
ただ、エコーを見るに赤ちゃんの膀胱がいっぱいだったらしく、助産師さんからは「赤ちゃんが自然におしっこしてくれて少し増えたらいいね」と聞かされました。
エコーの後、再度内診をするも子宮口は変わらず。
一定の間隔で来るお腹の張りと痛みにはまだまだ耐えられたので、もっと早く強くなればいいと思っていました。

16時頃、スクワットをしてみる

一度家へ戻った母が入院用の荷物を持って戻ってきてくれました。
内診をしても進み具合は変わらず、助産師さんの勧めでスクワットを試すことに。
3分間隔くらいでしっかり痛みがくるので、「子宮口さえ開いてくれれば」という期待にまざって、「何で開いてくれないのか」と少しずつ焦りを感じ始めていました。

夕方から陣痛の間隔が開いていく

17時半頃にシャワー(破水しているので湯船は使えず)を済ませ、18時半頃に病院食の夕飯を食べ、19時頃に赤ちゃんの心音の確認、20時頃モニターでお腹の張りと胎動を確認して様子を見ていましたが、夜にはお腹の張りは6分間隔ぐらいまで開きが出ていました。
陣痛の強さはあまり変わらず、強くなっていく感じもありませんでした。
夕方頃に助産師さんには「このまま陣痛が強くなって出産に至る人が8割、夜になって痛みがおさまって、明日また仕切り直しになる人が2割ほどですが、2割の方という感じがしますね」と言われていたので、やっぱりか、と思っていました。

21時消灯、一時休戦

痛みに耐え続けて、少し疲れを感じ始めていました。
看護師さんに「おそらくまだ前駆陣痛だから、今晩はしっかり寝て体力を回復して、明日また仕切り直しでしょう」と言われました。
疲れていたので、出された補食は飲み物だけいただき、睡眠薬1錠もらって分娩台の上でそのまま就寝。
この時、陣痛は10分おき。
間隔は夕方からさらに開いていました。
ただ10分以内の間隔で陣痛が来ていても、話せるぐらいの余裕は残っていたので、やっぱりまだまだだったのだと思います。

明け方、痛みで目が冴えてくる

夜中の3時頃に目が冴えて眠れなくなってしまったので分娩台の上で陣痛をカウントして、呼吸で痛みを逃しながら過ごしました。
また間隔が3〜4分ぐらいに戻っていたことと、陣痛の強さが就寝前よりも強い気がしたことで、このままお産が進むのではないかと期待しました。
5時頃になっても3分間隔ぐらいの陣痛が続いていて、寝ているよりも上体を起こしていた方が痛みが楽だったため寝るのは諦めて座って過ごしました。
ただ、私は起き上がっているのが楽だったからそうしていたけれど、あとから考えたら赤ちゃんは苦しかったのかもしれません。

8時頃、さらに痛みが強まる

明け方から続いた陣痛の間隔は、再び6〜7分に開いていましたが、痛みは徐々に強くなっていました。
朝食を食べながら、途中でお腹が痛くなり、その都度食器を置いて呼吸に集中…。
鼻から吸って、口から吐いて、腹式呼吸をすると痛みが緩和される気がしました。
痛みが引いている間は普通に食べられたので、時間はかかりましたが朝食は完食。
結果的にこれが出産前最後の食事になったので、食べておいてよかったです。
朝一番からモニターをつけて様子を見ていたのですが、助産師さんに「赤ちゃん、座り姿勢はあまり好きじゃないかもしれないね」と伝えられ、基本的には寝姿勢で陣痛に耐えることに。

9時頃、子宮口が開かない

助産師さんと話す間にも陣痛が強くなる感覚があり、これはいよいよ本陣痛では?ということになりました。
お医者さんが来てくださって、朝イチの内診グリグリ。
しかし、子宮口は相変わらずの1cm、全然開く気配のない子宮口に焦りが大きくなっていました。
朝の採血の結果が出て、破水の影響か炎症の値が少し高めで、早く産んであげた方が良さそうだという話が持ち出され、陣痛促進剤の話が具体的になりました。

10時頃、陣痛促進剤投与決定

お腹はばっちり張っているのに進む気配のないお産。
破水しているためお産を急ごうと陣痛促進剤を投与していくことが決まりました
ここからは、お腹にモニター付けっぱなし状態に。
赤ちゃんの心音がずっと聞こえている状態になって安心感はありましたが、今思えばこの時点で結構大事になっていたのだな、と感じます。
赤ちゃんが起きている状態で元気なことを確認してから11時前には促進剤の点滴がスタート。

11時半、1回目の促進剤増量

30分ごとに促進剤の量を増やすと言われていましたが、赤ちゃんの様子が知りたいタイミングに限って爆睡のベビー。
揺すって起こして、なんとか元気なことを確認して量を増やしました。
陣痛はさすがにどんどん強くなっていく感覚がありましたが、呼吸に集中していればまだなんとか耐えられる感じがしていました。

12時頃、2回目の増量

2回目の増量のタイミングで、またしてもスヤスヤよく寝ているベビー。
なんとか起こそうとするもなかなか起きてくれず、ちょっと起きてきたかなー?ぐらいのタイミングで待ちきれずに増量。
子宮口は2cmほど、助産師さんから「お産をすすめるために落ち着いたタイミングでスクワットしましょう!」と提案があり、スクワットをしてみました。
しかし、やっぱり立ち上がると赤ちゃんは苦しい様子で、お腹の張り、痛みもかなり頻回に。
立った姿勢のままふー、ふー、と深呼吸をして痛みを逃すも、やはりこの姿勢が赤ちゃんに良くないらしい。
助産師さんに「赤ちゃんが苦しいサインを出しています」と言われて、スクワットを中止。 ちょうどトイレに行きたくなってきたので、そのことを話すと
「少し嫌な話をするよ」と前置きされ、

「トイレまで歩いて行って戻ってくるのも赤ちゃんの負担を考えると難しい、この部屋にポータブルの便座を持ってきます」

と言われました。
あれ、結構危険な状態なんじゃ…?とようやくここで察した私。
私を不安にさせないためか、助産師さんはずっとやわらかい言葉で話してくれて、この時も危険だとは決して言われなかったけれど、それでもさすがに危険な状態にあることが分かってしまいました。

「先生が内診したいと言っているけど、トイレは後でもいい?先にしたい?」

と聞かれ、先にトイレを希望。
本当はトイレを我慢しても内診を優先させたいほどの状態だったのかもしれません。

内診、そして帝王切開決定

分娩室内に準備されたポータブルの便座で用を足し、すぐに内診へ。
初めて会う先生と、検診の時に毎回診てくださっていた先生の二人で来てくださって、代わる代わる内診。
お医者さん二人がかりなんて、やっぱり緊急事態だったに違いありません。
難しい顔で内診をする馴染みの先生。
内診中にまた陣痛の痛みが来て、これまでにない痛みに思わず声をあげてしまいました。
内診の結果、子宮口はまだ2cmとのこと、全く進んでいないお産にもはや絶望していました
これまではなんとか耐えられた。
でも、どんどん増す痛み、それなのに進む気配のないお産に、あと何時間この苦しみに耐えなければならないのかと、先が見えない恐怖を感じていました。
その時、馴染みの先生がいつになく真剣な面持ちで

「具体的に帝王切開を考えなければいけないと思います」

と言われ、背筋に緊張が走りました。
夫に連絡がつくか確認されて、すぐに来てくれるはずだと伝えると「もう今すぐにでも来てもらった方がいいですね」と言われました。
自分で電話するか、病院から連絡してもらうか、どうするか尋ねられ、病院から連絡してもらうことに。
自分でうまく説明できる自信がなかったのと、陣痛が辛かったのと、夫と話したら泣きそうで。
そして、とにかく帝王切開の手術の説明を聞くことになりました。
激しい陣痛が来るたびに、お医者さんに説明を中断してもらいながら、話を聞きました。
そして、夫と連絡がついたことを知らせにきた看護師さんとお医者さん。
決定的な言葉は

「毎回の陣痛もかなり負担になっているので、促進剤の点滴を外しましょう」

というものでした。
自然分娩の可能性が完全に閉ざされた瞬間でした。
点滴が外されて、いよいよ後戻りできないという不安と、これ以上陣痛が強まることはないという安堵と、それでももっと頑張りたかったという悔しさがないまぜになって。
お医者さん達が分娩室から出て行って、ずっとついていてくれた助産師さんと二人になった時、「急に手術なんてこわいよね、顔がこわばっちゃったね」と言われて涙が溢れて止まらなくなってしまいました。

今思えば、健診の時から何度か可能性を示唆されてきた帝王切開
話としては聞いているつもりでも、自分に降りかかる現実として受け止めていませんでした。 どんなに難産でも、普通分娩する自分をイメージしていました。

夫は何て言うだろう。
父は、母は。

私はもっと頑張れたはずなのに、悔しい。
最後まで陣痛に耐え切って、頑張って産んで、自分のことを褒めてあげたかった。
みんなに頑張ったねって言ってもらいたかった。
それなのに…。

でも、赤ちゃんはもう限界だった。
産んであげなくちゃ。
私がお腹を切って、外に出してあげなくちゃ。
へその緒が首に絡んで、破水で羊水が少なくなって、苦しんでる。
くよくよしていてはダメ。
お母さんになるんだから。
手術は怖い。
傷だって残る。
でも、もうやるしかない。

働かない頭でずっとそんなことをぐるぐる考えて、現実に打ちひしがれたり自分を鼓舞したり、考えることが多すぎて何を考えているのか、何で涙を流しているのか自分でも分かりませんでした。

続き(手術開始前〜術後・産後について)は後編へ。↓↓
破水スタートからの緊急帝王切開だった私の初産の記録【後編】 - ぷりぷりブログ